卒業生の声 山下 敦司さん

Graduate's Voice

料理人として上をめざすなら、小さい店への就職をお勧めします。
そして辛くても3年は辞めずにがんばることです。

ARGO
山下 敦司さん

調理師本科卒(1988年3月)

両親が共働きだったため、小学校の頃から料理をすることが多く、料理を楽しんでいた山下さん。中学生の頃、テレビで見たフレンチの有名シェフのフランス料理の美しさと繊細さに感銘し、その道に進むことを決意。服部栄養専門学校で学び、国内外の様々な店で修行をし、都心のフレンチレストランの総料理長となり、「新世代フレンチの旗手」と注目される山下さんに、その経歴や抱負を聞いてみた。

卒業後6年間の修行を経て渡仏

中学生でフレンチへの道を志した山下さんは、高校時代は飲食店でアルバイトをしていた。高校を卒業すると、迷わず服部栄養専門学校に進学した。「当時から知名度が高く、東京で料理を学ぶなら服部しかないと思ったからです」

服部の授業は思ったより厳しかった。特に学科が苦手で合格点が取れず、レポートを提出させられることも多かった。今ならその大切さがよくわかるのだが、当時は「栄養学などなぜ必要なのだろう?」と思うこともあったという。

それでも“夢”に近づく手ごたえのある学校生活は楽しかった。また「服部での厳しい指導があったからこそ、その後も頑張れた」という。

卒業後には、銀座のフレンチの名店「清月堂」に就職。当時はまだフレンチレストランの数が少なかったためライバルも多く、最初の1年はサービス(ホールスタッフ)を担当した。現在よりも格段に厳しい世界だったが、2年目から調理場に入り、同店で5年間頑張った。

その後、大阪の欧風菓子「ケンテル」で1年間製菓を学んだ後、単身でフランスへ。その時、山下さんがどうやって現地での働き口を得たかというと、「30軒のレストランに、私を雇ってくださいという手紙を書いたのです」とのこと。その中の1軒からOKの返事が届いたのだ。

努力と出会いで拓けた道、そして…

3ヶ月間はまったく日本人を見なかったというフランスでの生活は苦労が多かった。仕事では経験があるにもかかわらず初心者扱いを受け、随分悔しい思いをした。また、調理場での言葉は清月堂時代に叩き込まれていたので理解できたものの、日常生活での言葉がわからない。理髪店に入って髪を少し短く整えてといったのに丸坊主になったときもあった。

それでも、くじけず頑張ったこと、そして友人に恵まれたこともあって、ミシュランガイド2つ星や3つ星の名店で働くことがでできた。「ル・クロー・ドゥ・ラ・ヴィオレット」(2つ星)で南仏料理、「トロワグロ」(3つ星)でクラシックフレンチ、「ピエール・ガニェール」(3つ星)で最新フレンチ。5年間の滞在期間、6店で修行を積んだ。

中でもガニェール氏との縁は深く、そろそろ帰国したいと思った時も、氏の紹介で日本の「ル・コルドン・ブルー・パリ」での料理講師の仕事を得た。講師の仕事も面白く、あっという間に6年が過ぎた。

そして2006年、現在の「ARGO」の総料理長に就任したのだが、そのきっかけとなったのも同氏の「いつまで講師をしているんだ!現場に戻れ!」という言葉だった。
でも、その座を射止めたのは、もちろん山下さんの腕。就任パーティーには服部校長も出席してくれた。ただ「学生時代は中華の成績の方が良かったと言われたのには、参りましたけどね」と笑った。

そうして完璧に夢を叶え、「新世代フレンチの旗手」として注目されている山下さんだが、今後は「もっともっとアルゴをよい店にしていきたい。斬新な料理を提供していきたい」という。現在服部栄養専門学校の特別講師を務め、また小学生に"食育"を教えたいという目標も持っているそうだ。

関連情報

ARGO 服部食育クラブ会員紹介ページ

http://www.shokuikuclub.jp/members/member_detail?id=143

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