服部学園の歩み

沿革

昭和14年の東京高等栄養学校設立から現在に至るまでの服部学園の歩みをご紹介します。

昭和14年(1939年)

初代校長服部道政が、東京中野に東京高等栄養学校を設立。
栄養士養成と栄養家庭料理の改善につとめる。

昭和30年(1955年)

渋谷区千駄ケ谷に服部高等料理学校を開設。

昭和32年(1957年)

校名を服部栄養専門学校に改め、厚生大臣から栄養士法による栄養士養成施設の指定を受ける。

昭和34年(1959年)

調理師法による調理師養成施設校の第一号校としての指定を受け、栄養士・調理師の綜合学園となる。

昭和40年(1965年)

服部記代子、理事長・校長に就任。

昭和42年(1967年)

労働大臣許可「無料職業紹介所」設置。

昭和45年(1970年)

地上9階・地下1階の近代的校舎完成、斯界の注目を集める。

昭和52年(1977年)

服部幸應、理事長・校長に就任。現在に至る。
服部津貴子、家元を継承し現在に至る。

昭和55年(1980年)

フランス、スペイン、ベルギー、イタリア、韓国、中国など海外と技術交流提携し、世界各国の著名料理人の招へい始まる。

昭和57年(1982年)

文部省より国費留学生の指定第1号校となる。

昭和60年(1985年)

42番スタジオ教室完成。

昭和62年(1987年)

本館9階講堂を300人収容可能な視聴覚教室に改修。

平成元年(1989年)

本館地下ホールおよび給食管理実習室改修。

平成3年(1991年)

「真空調理世界大会(仏・ロアンヌ)で、西洋料理主任教授佐藤月彦が準優勝に輝く。

平成3〜5年(1991〜93年)

食育活動開始。文部省専修学校職業高度化開発研究の委託を受ける(本校が代表校となり、他3校と計4校で実施)。
「国民の食生活の問題点とそれに対応できる栄養教育システムの開発研究」で、新調理法と食生活をテーマに取り組む。

平成4年(1992年)

新館校舎(図書室および学生ホール)完成。

平成6〜8年(1994〜96年)

文部省専修学校職業高度化開発研究の委託を受ける。「新しい調理技術法導入のための教育プログラムの開発研究」で、電子レンジの新しい調理法の開発研究をテーマに取り組む。

平成7年(1995年)

栄養士科に献立作成のためのコンピュータ導入。

平成8年(1996年)

ハットリ・キッズ・クッキングコンテスト第1回開催。
フランス年における、フランス政府機関指定の講習イベント実施校となる。

平成9〜11年(1997〜99年)

文部省専修学校職業高度化開発研究の委託を受ける。「21世紀の調理技術に対する教育プログラムの開発研究」で、熱源の違いによる美味しさへの影響に関する研究開発に取り組む。

平成13年(2001年)

イタリア年における、イタリア政府機関指定の講習イベント実施校となる。
調理ハイテクニカル経営学科設置、また、パティシエブランジェ専攻科設置に伴い、製菓・製パン実習室が完成。

平成14年(2002年)

スペイン政府機関指定、講習会協力校となる。

平成15年(2003年)

「食育」を広めることを目的として多数企業に協賛頂き、『HATTORI食育クラブ』発足。

平成16年(2004年)

別館ANNEXEを象徴する、2・3F吹抜けの階段教室。座席に急な斜面をつけることにより、調理手順がみやすくなっている。壁面や座席は、イタリアンロッソの真赤な炎を表した斬新なデザイン。あらゆる調理に対応できるように設計されており、授業以外でも国内外から有名シェフを招いてデモンストレーションを行う際などに利用されている。
地上9階、最新設備を整えた新校舎「HATTORI ANNEXE」が完成。それに伴い、学生の増員を行う。

平成21年(2009年)

服部幸應プロデュースによる、世界のトップシェフが集結した「世界料理サミット2009 TOKYO TASTE」を開催。

平成23年(2011年)

パティシエ・ブランジェ科設置。

平成24年(2012年)

服部幸應プロデュースによる、世界のトップシェフが集結した東日本大震災復興支援「G9+TOKYO TASTE 2012」を開催。このG9の会場で、サンセバスチャンにある大学の「バスク・クリナリー・センター」との間に協力協定の調印が交わされる。

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