卒業生の声 池田 邦彦さん
Graduate's Voice
フランスで修業を重ね満を持して自らの店を開業
キャトル・ヴァン・ドゥーズ
オーナーシェフ
池田 邦彦さん
調理ハイテクニカル経営学科/2009年3月卒業

卒業後、ハイアットリージェンシー東京に入社。「ミッシェル トロワグロ」「トロワグロ本店」などで研鑽を積み、独立。2023年11月に「キャトル ヴァン ドゥーズ」をオープン。24年には「ミシュランガイド東京2025」のセレクテッドレストランに選ばれた。
小田急線千歳船橋駅から歩いてすぐのビルの2階。隠れ家のように「キャトル ヴァンドゥーズ」がオープンしたのは2023年11月。
店内は落ち着いた配色で居心地がよく、「窮屈なイメージがあるカウンター席こそ特等席に」と、カウンターは広く奥行きを取り、厨房のライブ感を楽しめる作りにしたそうだ。ちょうど1年目を迎えたタイミングで「ミシュランガイド東京2025」のセレクテッドレストランに選出された。「あっという間でした」とオーナーシェフの池田邦彦さんは振り返る。
東京・国立で生まれた池田さんは、母方の祖父がかつて帝国ホテルの総料理長を務めていたこともあり、小さい頃から「市販のパンやレトルトを食べたことがない」と言うほど家庭で本格的な西洋料理を食べて育った。自身も幼稚園の時にはすでに包丁を握り、鍋も振ったそうだ。「気がついたらベシャメルソースが作れた」というから、まさにサラブレットである。ただ池田さんには、別の夢を追いかけていた時期がある。
「中学時代からバスケットボールに命をかけていました。都選抜にも選ばれプロを目指しましたが、僕らの時代はまだ現実的ではなかった。高校の進路選択で、幼い頃から身近だった料理なら勝負できる、と切り替えました。子どもの頃、家族でホテルへ食事に行き、祖父がコック帽をかぶって挨拶に出てくる姿への憧れもありました」
服部栄養専門学校に入学した当初から「いつかは自分の店を持つ」と意志を固めていた池田さん。実際に授業を受けると、一皿に感性を表現できるフランス料理が一番面白いと感じた。在学中の2008年にミシュランが東京に上陸すると、アルバイト代で星付きの店を食べ歩いた。就職先はフランスの三つ星レストランを希望していたため「ミッシェル・トロワグロ」や「ジョエル・ロブション」「ポール・ボキューズ」「アラン・デュカス」「ピエール・ガニェール」など、フランスに本店がある名店を片っ端から訪れた。
「予約が取りづらいお店は担任の大野文彦先生のつてを頼り、運がよければ厨房内を見学させてもらうことも。現在、フレンチで活躍している丹野貴士くんが同級生にいて、同じレベルで刺激しあえたのも大きかったです。今でも繋がっている先生や友人の存在はありがたいですね」
多くの一流店で最も心を射抜かれたのは、当時ハイアットリージェンシー東京ホテル内にあった「ミッシェル・トロワグロ」だった。「リオネル・ベカ氏(現・エスキス)の料理は天才だと思った」と池田さん。しかし、ミッシェル・トロワグロは直接の新卒採用はしておらず、まずはホテルに入社。別のホテル内レストランに配属されながらも時間を見つけてトロワグロに通いアピールし続けた行動力が実り、晴れてトロワグロへ。
「いざ入ると、本場フランスで経験のあるエリートぞろいで圧倒されました。フランス語の壁もあり、1年間は24時間、すべてが吸収する時間でした。誰にも負けたくないと、誰よりも早く出勤して頑張る日々でした」
池田さんにとって、料理での初めての大きな壁だったのかもしれない。3年目の22歳の時にオーパスと呼ばれるつけ合せの担当へ。その後、25歳で肉料理の付け合せ担当へと順調にステップアップ。途中、ホテルの研修制度を利用してフランスの本店にも研修へ行った。
「まわりは15歳頃から料理の専門教育を受けた年下のフランス人だらけでしたが、気持ちで負けたら終わり。それに、日本人が一番器用だ、という自信もありました」
帰国後、28歳までトロワグロで研鑽を積み、ホテルの宴会場の副料理長を経験したのち「街場のレストランへ出よう」と決意をする。
「20代半ばから、決められたレシピを作ることがだんだん苦しくなりました。早く自分の料理を作りたい。尊敬する先輩シェフ達の仕事を見ながら、自分ならどうするか、こうしたい、と明確なビジョンが見えてきたんです」
独立後はシェアキッチンや小さなレストランを経験し、コロナ禍を経た31歳の時、満を持して現店舗をオープン。現在、その「キャトル ヴァン ドゥーズ」は奥さんの亜弓さんと二人三脚で切り盛りしている。
「妻も一流レストランを渡り歩いたパティシエで、同じプロとして率直な意見をくれる欠かせない存在です。最初のお客様としての妻の感想を聞きながら、一緒に4~5回の試食を重ね、新しい一皿が完成します」
創作タイプのシェフだと自負する池田さんは決まったスペシャリテを置かず、食材を核としてイメージをふくらます。季節ごとに使いたい食材のストックがあり、毎月メニューを仕立てる時が楽しいと続ける。「野菜はほぼ全て、福島県郡山市にある鈴木農場さんから仕入れています。インスタグラムで、野菜をとても大切に扱っている農家さんだなと興味を持ったのが始まりです。味はもう別格。ニンジンや芽キャベツ、グリーンピースは感動的です。お若くして農林水産大臣賞も取った、今大注目の農家さんです。お肉は島根県産黒毛和牛のかつべ牛。脂がさっぱりしていて、ソースと一体感が出やすくフレンチと相性がいい。エゾジカは北海道白糠町の伝説のハンター・松野千紘さんが捕る一級品で、エゾジカ目当てのリピート客も多いです」
同じものを作り続けられない、と変化を挑戦的に楽しむ池田さん。今後のビジョンは。
「まずは常連さんを飽きさせないこと。ソムリエなど新しい仲間を迎えて、お店も発展させていきたいですね。まだまだこれから」
※料理王国「2025年2月号」に掲載された記事です。





