卒業生の声 池田 龍一さん

Graduate's Voice

有名店で18年修業後、自身のパティスリーを開業

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オーナーパティシエ
池田 龍一さん

調理師本科(昼1年)卒業

池田 龍一さん

東京メトロ丸ノ内線の新中野駅から歩いて3分ほど。青梅街道に面した場所に、2023年6月18日、ちょっと人目を引くおしゃれなパティスリー・ブーランジェリーがオープンした。池田龍一さんがオーナーパティシエを務める「プレファレンス」だ。訪れたのはオープンから約1カ月が過ぎた7月中旬だが、客足が途絶えることはない。
「いやぁ、少ないですよ。夏場はケーキやパンはなかなか売れないんです」と池田さんは謙遜するが、男性一人客から家族連れまで、客層は多種多様。近隣住民から受け入れられつつあるのは、端から見ていてもよく分かる。

池田さんが料理の道を目指すようになったのは、高校生の頃。当時スタートしたテレビ番組「料理の鉄人」を見て、「料理人ってカッコいい」と思ったから。レストランでアルバイトをしていたり、祖母が惣菜屋を営んでいたことも、きっかけになったという。
「服部栄養専門学校の調理師科に進んだのも、『料理の鉄人』の影響ですね。服部幸應先生の元で料理を学んでみたかったんです」と池田さんは話す。卒業後は、フレンチレストランに入店。フランス料理の料理人になるための技術や知識を学んだ。
「デザートも含め、3、4年は修業したでしょうか。ひと通りのことを経験するなかで、だんだん料理よりデザートのほうに興味を持つようになっていったんです。デザートを作っている方が楽しかった」と池田さんは当時を振り返る。
パティシエとして生きていくことを決めた池田さんは、恵比寿の「キューイーディークラブ」にパティシエとして入店。ウェディングなども行う同店で、レストランのパティシエとしての技術や知識を身につけた。

「ただ、私が目指していたのは街のケーキ屋さん。そのためには、ここに居続けていてはダメだと思い、転職を決めました」転職先は、東京・東大和市の「お菓子工房伸」。
「覚悟はしていましたけれど、レストランでデザートを作るのとはまったく異なり、衝撃を受けました」と池田さんは言う。作る量も扱う材料の種類もまったく違う。レストランとは異なり、ケーキ店の場合は、客が持ち帰って食べるまでの時間も考慮しなければいけない。それでも将来はケーキ店として独立したいと考えていた池田さんは、納得できるまで頑張り抜いた。

その後、自由が丘の「モンサンクレール」に入店したことで、オーナーパティシエの辻口博啓さんの元で働くようになる。
「将来的には独立したいと考えていましたが、辻口さんの元で働くなかで、色々な仕事を任せてもらえるようになり、やりがいも感じていました」(池田さん)。
そうして、気がつけば18年が過ぎようとしていた。
「正直、ここまできたら、独立はしなくていいかな、と思っていました。そんな矢先に新型コロナウィルス感染症が世界を席巻。スイーツを販売していた空港や駅、ショッピングモールなどの店舗が、軒並みクローズを余儀なくされ、売上は激減。でも、それで逆に、独立の意欲が湧いてきました。人生の最後に後悔するのは嫌だと思ったんです」
2021年頃から店舗用の物件探しを開始。同時に、以前から知り合いだったブーランジェリー「ル・ルソール」の移転オープンを手伝いながら、パン作りを学んだ。
「パン作りはほとんどやったことがなかったので、パンを勉強するよいチャンスだと思ったんです。おかげで、この店でパンを販売することができるようになりました」

長い年月をかけ、様々な経験を積んで、今がある。その原点のひとつとなったであろう服部栄養専門学校。思い出をうかがうと、池田さんはちょっと苦笑して、口を開いた。
「あんまり良い生徒じゃなかったから。学校に行かず、アルバイトばかりしていましたからね。でも、希望のレストランで研修をさせてもらえるという授業があって。私は一流になりたいと思っていたので、『シェ・イノ』で働いてみたいと、分不相応な希望を担任の先生にぶつけました。先生もさすがに『あそこは厳しいからなぁ。難しいよ』とおっしゃっていたのですが、研修させていただくことができたんです。その時は本当に先生に感謝しました。きっとすごく頑張ってくださったんだと思うんです。結局、『シェ・イノ』には就職しませんでしたけれど、良い経験になりました」と、当時を振り返る。

卒業から約29年。後進を指導する立場になり改めて思うことは「プロとして働く以上は、努力をしなければいけない。では、努力とは何か。それは、自分が志すもののためにどれだけ時間をかけることができるか、どれだけお金をかけることができるかです。時間とお金をかけて一流シェフの料理を食べに行く。本をたくさん読む。努力とは、言い換えれば自己投資です」と池田さん。「キューイーディークラブ」で働いていた頃、料理部門では若き日の川手寛廉さん(現・「フロリレージュ」オーナーシェフ)が働いていたそうだ。「年齢も近かった私達は、休みの日になるとよく二人で食べ歩きをしていました。お金も時間もそれほどなかったけれど、二人ともそれだけは止めませんでしたね」と池田さんは当時を懐かしむ。そんな池田さんに今後の目標を問うと、こんな答えが返ってきた。
「商品をもう少し増やしつつ、良いものを作っていきたい。そして、これからは人の教育にも力を入れていきたいですね。自分が学んできたことを若い世代に伝え、繋いでいきたい。この業界の発展に少しでも貢献できればいいな、と思っています」

※料理王国「2023年10月号」に掲載された記事です。

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極上の素材から生まれるパンやケーキが並ぶ

東京メトロ丸ノ内線の新中野駅から歩いて3分。客足が途絶えることのないパティスリー・ブーランジェリー。

店舗内観

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