卒業生の声 薩川 知成さん
Graduate's Voice
フードロスをなくし、パティシエの働きやすい環境作りへ。
Kitt
オーナーパティシエ
薩川 知成さん
調理ハイテクニカル経営学科

1987年、静岡県出身。服部栄養専門学校調理ハイテクニカル経営学科卒業。在学中よりいくつかの名パティスリーにて勤務。その後、都内でレストランの立ち上げやカフェバー、ワシントンホテルなどで研鑽を積む。2017年に「Kitt」(現・西麻布)をオープン。実店舗を持たずに受注から当日配送(港区・渋谷区)まで一貫して行っている。
ケーキ店といえばショーケースがあり、店舗スタッフが立っているのが昔ながらの形。だがそうした常識を打ち破り、現代ならではのニーズに応える新しい業態を始める人材が出てきた。服部栄養専門学校の卒業生、薩川知成さんがその一人だ。
薩川さんが西麻布に完全受注制の店舗「キット」を開業したのは8年前。土地柄、社交の場や芸能関係者のイベント、ウェディングパーティーといったハレのシーンでの利用が多く、そこに勝機を見出したという。「修業していた頃、ショーケースに並べられた商品が毎日棄てられるのを見ていて辛かったんです。“お客様を待つしかない”という業態にも、歯がゆさがありました」という薩川さんは、独立にあたり、始めから店舗は持たず、代わりに予約を受けてから、早ければ1時間以内に写真ケーキなどのメニューケーキを届けるシステムを作り上げてきた。“写真ケーキ”とは、スマホで撮影した画像などをフードプリンターに送って可食シートにプリントし、オリジナルケーキに出来るというもの。「キット」の人気に火を点けたサービスでもある。開業当初、すでに同様のサービスを行う他店もあったが、薩川さんは「味で勝つ自信があった」のだという。
現在、受注・製作・配達の3つのセクションに分かれた15人程のスタッフを抱える。夜のパーティーにも対応できるよう、営業は15~26時に設定、17時過ぎから予約の電話が増えはじめ、多い日で80件ほどの配達をこなす。
「一般的な店舗と違うのは、オプションが豊富な点です。写真ケーキや飴細工、フルーツ増量、最大50名用など、カスタムするほどに単価は高くなりますが、その分材料費や人件費に還元することで最終的に満足いただけるサービスを提供するのがねらいです」
静岡でスーパーを営む家の次男として生まれた薩川さんは「フルーツ、バター、野菜、家に帰れば何でもあった」という恵まれた環境に育った。小学生の頃からケーキ作りが大好きで、母にレシピ本を買ってもらっては親戚の集まりなどで披露し「食べてもらう喜びを知った」と懐かしむ。
ところが中学生の頃からボクシングに目覚め、推薦入学した高校でなんと日本3位まで上り詰めた。当然いくつもの大学から声がかかったが、それを蹴ってパティシエの道を選んだという。服部入学時から将来の独立も視野に入れ、1年目で経営やサービスを、2年目で専修科目を学べるハイテクニカル経営学科に進んだ。「中華やイタリアン、経営者志望など多様な友人が出来たのが、製菓専門学校ではなく服部を選んで良かった点」だと言う。
さて、薩川さんのパティシエとしてのキャリアはすでに在学時代から始まっていたと言える。
「1年生の時の研修先は、世田谷(当時)の『フラウラ』。人生初の職場体験、プロの仕事を前に気が引き締まりました。“綺麗な仕事がいい仕事”という同店での教えは、未だに僕の基本理念で、社員にも伝えています。研修後もバイトで雇っていただき、バイト代は全てケーキの食べ歩きに注ぎ込み、300軒は行きました。そのうちフランス菓子に興味を持ち、出会ったのが自由が丘の『パリ·セ·ヴェイユ』。金子美明シェフの元で働きたくて、著書を全部読み、過去のケーキの構成も空で言えるほど調べ上げ、服部の先生の後押しもあって、2年時の研修で行かせてもらえることに。当時15人程いたメンバーは精鋭揃い、品質にこだわる姿勢が凄かった。楽しくて、財産のような日々でした」
卒業後は、ひょんな出会いから目白の「レストラン·ムジカ」の立ち上げに参加。その後、別店舗でのパティシエやレストランでのサービス、レストランオーナーなどを経験。
苦しい時期もあったがその全てが、今の「キット」の土台になっているという。なかでも「ワシントンホテル時代に六本木で知り合った友人との付き合いが、今の業態の着想を得るきっかけになった」そうだ。
「キット」を立ち上げるまで、薩川さんも多くの若手パティシエと同じように労働環境や将来に悩んだ経験がある。「仕事はバランスが大事です。いくら高給でも、例えば18時間労働では無理が来ます。5年後、10年後に日本を代表するシェフになったかもしれない人が辞めるのは業界の損失。僕もパティシエを辞めようか考えた事があります。でもやっぱり飲食業が好きだから。業界が良くなるようにビジネスは合理的に考えたい。受注生産もその一つで、ケーキは物によって冷凍保存が効くので、うちのフードロスはほぼゼロです。利益は労働環境への補填に回したり、社会に少しでも貢献できれば」
経営者としてまだまだやりたいことだらけ、と息巻く薩川さんに、今後の展望を聞いてみた。「今のサービスを軸にしてフラワーやバルーンの事業も始めたいと思い、最近お花を取り扱い始めました。ゆくゆくはお祝いに特化した店舗型スペースも作りたい。“お祝いの便利屋”とでも言いますか、あそこに頼めば何から何まで揃う、と言われるようなサービスを提示していきたいです。人はやはり便利を買いますから。もし今、労働環境に悩んでくじけそうな人は、うちに来て一緒にやりましょう!」
既存概念の次を考える新たな挑戦の今後が、楽しみだ。
※料理王国「2024年10月号」に掲載された記事です。






